日常の教訓

問題やトラブルはただのキッカケ。解決しようともがく程、問題の無限ループに落ちる

世の中には、たくさんの「問題(トラブル)」と言われるものがあります。

例えば、身長160cm・体重80キロのAさんと、Bさんがいたとします。

Aさんは「太っていてやばいです。このままだとお嫁に行けません」と言い、Bさんは「別に全然気になりません。結婚はいつかできると思います」と言ってます。

Aさんのように、自分の体型が結婚できない重大問題だと思う人もいれば、逆のBさんのように、問題とも思ってない、まったく気にしない人もいます。

この2人の話から言えることは、問題は目の前の「現象」や「出来事」にあるんじゃなくて、「現象」や「出来事」を問題と思う、人の中にあるということです。

人はそれを「問題」と一括りに言います。

踊る大捜査線で織田裕二が演じる青島俊作の名言「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!!」風にいうと、「問題は現象や出来事じゃない!その人の頭の中で起こってるんだ!!」になります。

「問題」はその人の頭の中にしかないから、「答え」もその人の頭の中にしかありません。

「これは問題だなー・・・」と自分で感じた時点で、「その事件を問題だと感じる自分の中に、問題のタネがある」ということになります。

そして世の中には問題のタネを、さらっと流せる人と、とことん引っかかる人の2パターンに分かれます。

目の前の問題を何とかしようとした考えた時点で、頭の中の問題はどんどん増幅し大きくなっていきます。カラーバス効果のせいで、さらに関連する問題ばかり目に入ってきます。

問題が問題を呼び、問題のタネを育てていくことになります。

問題を解決するために取り組む自分の「正義」が増大していくほど、「悪」も同じように存在し増大していきます。

そして、その悪と戦う自分に酔ってしまうことになります。「自分は正しいことをしているのだ」と。

でも、陰陽の法則があるように、「正義」が生まれれば、反対の「悪」も生まれます。正義が増えれば、その分、反対の悪も増えていきます。

つまり「問題」を何とかしようとして戦えば戦うほど、どんどん無限ループに落ちてしまいます。解決しながら新しい問題を作るので、終わるはずのない戦いに突入してしまいます。

目の前で起こっている問題は、ただの「きっかけ」であり、自分の心が何かに偏っているというサインです。

「僕は正しい」「あいつは間違っている」という自分に対する評価の偏りに対して「あなた偏っているよ」と気づかせてくれるきっかけ・警報、それが問題です。

車の運転中に道のどちらかに偏りすぎると、やがてガードレールにぶつかります。家の中でガスが漏れすぎると、やがて警報が鳴ります。

ガードレールは、ぶつかっても道から落ちないように自分の命を守ってくれます。警報機は、ガスが漏れすぎてますよと知らせてくれて、自分の命を守ってくれます。

自分の偏りを知らせてくれる。それが「問題」の持つ役割です。

なのに問題をどうにかしないとヤバイと慌てます。

「ガードレールが邪魔だ!」「警報機がうるさい!」と、ガードレールを外し、警報機を壊そうとします。

もしも外してしまったら、壊してしまったら、自分の偏りを知ることができなくなって、問題の無限ループから一生抜け出せなくなってしまいます。

だからこそ、ガードレールに当たったり、警報機が鳴ったとき、つまり「問題を感じたとき」に、問題そのものをありのまま見る。

そして「その問題から、なにを感じたのか」「その問題は、どんなテーマを自分に伝えようとしているのか?」をしっかり考えることが大切です。

だって、その問題に自分の偏り・超えるべきテーマへのヒントがありますから。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です